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日本の電子政府はなぜイマイチなのか

この記事は、 JPOUG Advent Calendar 2021 10日目の記事です。9日目は 明治そして大正昭和平成令和さんの記事SQL標準とPostgreSQL,MySQL,Oracle,etc…でした。

今回は技術のことは書きません。悪しからず…

デジタル庁が発足したが…

2021年9月1日に、内閣府の組織としてデジタル庁が発足した。

菅政権の目玉政策の一つであったが、当の菅首相は既に退陣し、初代デジタル大臣の平井氏もわずか1ヶ月で退任した。

デジタル庁発足の5ヶ月前に朝日新聞が実施した世論調査では、デジタル庁に「期待する」という人が44%、「期待しない人」が45%というかなり微妙な結果であった。

デジタル庁に「期待」44%、年代で差 朝日世論調査

個人的には、このような「ふわっと」した設問というのには違和感があるが、実際デジタル庁のホームページを見ると

デジタル庁

いきなり「データ戦略へのご意見をお寄せください(第2回)公開日 : 2021年12月3日」という文言が飛び込んできた。

「戦略」という組織にとっての最重要テーマに関して国民の意見を広く求めるというのは、今までのお役所にはない特徴なのかもしれない。

デジタル庁という役所が国民に一体何をしてくれるのか、国民として何を期待すべきなのか、考えてみたい。

各国のICT投資額推移

グラフは日本、米国、英国、仏国におけるICT投資額の推移(1980-2017年)である。

各国のICT投資額の推移比較(名目、1995年=100)

令和元年版総務省情報通信白書>ICT投資の状況から引用

赤線の日本は1995年以降ほとんど横ばいとなっていることがわかる。

この理由として「システムの維持管理費が高額化し、IT予算の9割以上になっている」という指摘もある。DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服と … – 経済産業省

一方、米国と仏国は順調に右肩上がりとなっていることがわかり、対1995年比約3倍となっている。

1人当たり名目GDP推移

次は、上のグラフの国々+デンマーク、韓国、エストニアにおける1人当たり名目GDPの推移(1980-2020年)である。

1人当たり名目GDP(IMF統計、単位:USD)

Global Noteによりグラフ化

紫線の日本は1995年においてこの中で最も高い数字を誇る国であったが、2020年ではむしろ減少している。

しかし、日本を除く各国は1990年と比べて2020年は確実に右肩上がりに成長している。

米国の堅調な伸びはともかく、追加したデンマーク、韓国、エストニアの3国の伸びは著しい。(2021年で韓国は日本を抜いているという話もある。)

種明かしをすると、これら3カ国は次に述べる国連電子政府ランキング(2020年)の上位3国である。

これらのグラフから、我が国が『ICT投資が伸びないので1人当たり名目GDPが伸びない」のか、「1人当たり名目GDPが伸びないのでICT投資が伸びない」のかはまさに「鶏と卵の関係」でどちらが原因か、もしくは相関関係があるのかすら断定することはできない。

しかし、これらに相関関係があるのであれば、ICT投資を健全に増やすことができれば、1人当たりの名目GDPも堅調に成長するのではないかという期待感がある。

国連電子政府ランキングとは

国連が、加盟国すべてを対象とした調査により2年に一度発行しているランキングであり、政府がいかにして全ての者に対してアクセスと社会参加を提供させるためにICTを利用するか、という点に対して体型的な評価を提示しているものである。

国連電子政府ランキングは電子政府の成功条件として次の15の評価基準を設けている。

  1. 社会的有線開発事項との密接なリンク
  2. 効率性がよく社会的影響力があること
  3. 資金有用性が高いこと
  4. 十分な市民サービスを提供できる技術と文化
  5. 協調関係が発揮できること
  6. 法的枠組みの充実
  7. ICTインフラストラクチャーの充実
  8. 政治的リーダーシップと長期的ポリティカルコミットメント
  9. 国民・社会への公約
  10. 資本・技術インフラ発達に関する計画
  11. パートナーシップ
  12. モニタリングと評価
  13. 付加価値
  14. アクセスと技術
  15. プライバシーとセキュリティ

また、次の3つの指標を用いて定量化している。

  1. Web指数
  2. ICTインフラの整備状況
  3. 人的資本

3番目の人的資本について補足すると、成人識字率と、初等・中等・高等教育機関への相対的入学率の加重平均である。

2020年に発表された国連電子政府ランキングでは

1位:デンマーク(2018年 1位)
2位:韓国(同 3位)
3位:エストニア(同 16位)

となっており、エストニアの爆上げが注目される。

ちなみに我が国は

14位:日本 (同 10位)

である。

参考:電子政府世界ランキング指標の有効性と 潮流に関する考察

日本はデジタル敗戦国か?

電子政府ランキングが14位に転落したこと、あるいはマイナンバーカードの普及率が未だに4割程度(2021年11月現在)であることなどから、「日本はデジタル敗戦国」という論調が最近目立ってきた。

そんな背景もあってのデジタル庁発足なのだろうが、Youtubeに面白い動画がアップされていた。

【デジタル敗戦】スマホ決済すらできない社員が出世する日本企業。夏野剛「政府じゃなくて民間が一番ダメ!」| FACT LOGICAL #9
【デジタル庁 vs 夏野剛・青野慶久】デジタル庁は本当に日本を変えられるか?| FACT LOGICAL #10

※1本目の動画の中で、夏野剛氏が「銀行口座はマイナンバーに紐づいている」と発言している箇所があるが、(現時点で)マイナンバーに紐づいているのは証券口座であって、銀行口座との紐付けは任意

デジタル庁チーフアーキテクトの話を聞いても電子政府のあるべき姿はイメージできなかった印象があるのだが、問題点についてはよく整理されていたので是非視聴されたい。

電子政府のあるべき姿

電子政府の理想形をイメージするためには、やはり電子政府ランキング上位国の事例に学ぶ必要があろう。

先進国事例の紹介

以下のリンクは非常によくまとまった記事であるので紹介したい。

デジタル庁発足にあたり、改めて世界の電子政府を考える

デンマーク

  • 1968年(!) CPR番号 – Wikipedia (日本のマイナンバーに相当)が導入され、市民にはCPR番号を記したカードが付与されている。
  • 生活におけるデジタル基盤。(生年月日、性別などの個人情報と行政、医療、教育、税務などに関する個人データが保管され、該当機関は必要に応じアクセス可)
  • 市民ポータルサイト「Borger.dk」:CPR番号でログインすると、国・地方公共団体すべての機関のネットワーク化されたすべてのシステムにアクセスでき、必要なサービスを利用できる。
  • 国民はCPR番号に紐づいた電子私書箱「e-boks」
  • インターネット口座「NemKonto」
  • これらに登録することは国民の義務であり、国や市によるお知らせはメールでe-boksに届き、給与の受け取りや納税はNemKontoを通じて行われる
  • CPR番号を用いてインターネットで個人認証を行うためのデジタル署名として NemID – Wikipedia がある。
  • 「ユーザファースト」のポリシーに基づく優れたUI/UX

韓国

  • ワンストップの市民ポータルサービス「政府24」
  • 政府24では、IDとパスワードを入力するだけで、住所変更や証明書発行など約3,000種類以上の行政手続きをオンラインで完結できる。
  • 政府24の国民によるサービス利用率は87.6%
  • 住民登録番号 – Wikipedia 生まれた時に全国民に割り当てられる個人番号、管理システムはポータルサービスの重要な基盤となっている。
  • 17歳になると役所で指紋登録を行い住民登録証の交付を受けることが義務づけられている。
  • 住民登録番号は、行政サービス以外にも医療や福祉、出入国管理、クレジットカード利用歴などの記録にも紐づいている。
  • 2001年制定の電子政府法では、行政業務・行政文書が原則電子化されており、税金の使い道や行政文書の開示をオンラインで公表することで、行政情報のオープン化が図られている。

エストニア

エストニア共和国 は旧ソ連から1991年に独立した、バルト海東岸に位置するバルト三国で一番北にある人口約130万人の小国である。

  • 行政サービスの99%が電子化されている。(例外として結婚・離婚に関する手続きは”意図的に”オンラインでできない仕組みになっている。)
  • 個人識別番号(Personal Identification Number)は誕生とともに割り振られる11桁の番号である。生まれた病院の職員等が住民登録ポータルから申請し、住民登録データベースに情報が登録される。
  • 15歳以上の国民は身分証明書となる電子カード「eIDカード」の保持が義務付けられている。
  • eIDカード一枚で、運転免許証、保険証、交通系ICカード、銀行カードの機能を包括している。
  • eIDカードの利用基盤となるのが、あらゆる機関のデータを連携するプラットフォーム「X-Road」である。
  • 1つの巨大なデータベースを構築するのではなく、「バラバラの小さなデータベースを繋ぐ」という逆転の発想から生まれた基盤がX-Roadであり、共通プロトコルで`様々なデータベースを疎結合により統合する仕組みである。
  • X-Roadには行政サービスだけでなく様々な民間サービスが接続され、引っ越しや出産などに伴う官民のあらゆるサービスがワンストップにオンラインで簡単に完結できるようになっている。
  • X-Roadを介したアクセスは厳正なアクセスログが保存され、個人識別番号に紐づく個人情報にいつ・誰が・何の目的でアクセスしたかを追跡することが可能となっている。

書籍「未来型国家エストニアの挑戦」から許可をえて抜粋

エストニア電子政府については次の記事も大変参考になる。

日本がエストニアから学ぶべき「行政DX」とは

日本とエストニアの違い

日本の「マイナンバー」とは

先に紹介したYoutube動画でも紹介されていたが、「マイナンバー(個人番号)」と「マイナンバーカード(個人番号カード)」は別物であることを理解する必要がある。

まずマイナンバーは、日本の住民票に住民ごとに記載される住民票コード(無作為に作成された10桁の数字+チェックデジット1桁から成る11桁の番号であり、住民基本台帳システム上で、日本の住民を一意に特定するために用いられる。)を基に、非公開の関数で返還された11桁数字にチェックデジット1桁を付加した12桁の番号である。これは日本に住民票がある全員に既に割り当てられている。

いわゆるマイナンバー法 第二条第8項では、「特定個人情報」は個人番号(マイナンバー)をその内容に含む個人情報であるとしているため、マイナンバーは「秘匿すべきもの」として扱われることになっている。

住民票コードは、住民票のある各市町村で管理されるため、出生の場合予め各市区町村に割り当てられた重複のない複数の番号(番号プール)から職員が取り出し住民票に記載することで決定される。

つまり、マイナンバーを決定するためには住民票(住民基本台帳システム)が必要となる。

次に、マイナンバーカードであるが、これは裏面にマイナンバー(コピーが取れないようなマスクが施されている)、表面に氏名、住所、顔写真が印刷されたプラスチック製のカードである。

カードの内蔵ICチップには公的個人認証情報(JPKI)が搭載されているが、カードをリーダーやスマホで読み取って公的個人認証ツールとして使う場合、マイナンバーそのものは利用しない。

秘匿すべき情報としてのマイナンバーをわざわざ印字した物理的なカードを持ち歩く必然性を筆者はどうしても理解することができない。(マイナンバーカードには紛失した際に届けてもらうための住所まで明記してある。もちろんこれも個人情報である。)

参照:マイナンバーカードの利用には、マイナンバー漏洩の可能性がついてくる (電子政府コンサルタント牟田学氏の「manaboo.com 電子政府ブログ」)

エストニアの「個人識別番号」とは

個人識別番号は以下のフォーマットによる11桁の番号が割り振られる。

  1. G:性別及び誕生した世紀。奇数は男性、偶数は女性 1-2(19世紀)、3-4(20世紀)、5-6(21世紀)
  2. YYMMDD:誕生年・月・日
  3. SSS:シリアル番号
  4. C:チェックデジット

個人識別番号は、個人情報保護法(Personal Data Protection Acts)により保護対象ではなく、国の財産であり公知のものとされている。個人識別番号は生涯変わることがない。

ちなみに、デンマークのCPR番号も韓国の住民登録番号もそれぞれエストニアと似た独自のフォーマット(ルール)により採番されるようになっており、日本のようにチェックデジット以外を無作為に生成される番号としていない。

なお、エストニアの「個人識別番号(国民ID)」と日本の「マイナンバー」の違いを詳細に解説した以下の記事が大変参考になる。

エストニアの「国民ID」と日本の「マイナンバー」 (同じく牟田氏のブログ)

エストニアにおける公的データベースとは

JPOUGの皆さんにとって「データベース」とは技術探求の対象であり、その能力をいかに引き出すかに関心があるのではと思うが、電子政府における公的データベースを考える場合、技術的側面だけでなく、法律・規則を含む政治的・社会的側面にも目を向ける必要がある。

下図は、エストニア国家情報システムのイメージであるが、その中核には法律で確立されたデータベースが存在し、それを支えるシステムと重要な利用者との接点が描かれている。

ここには、法律を作る「政治」の重要さが感じられる。

JEEADis勉強会資料から許可を得て抜粋

翻って、我が国はどうだろうか。

政治家のITリテラシーは低く、過去の遺産をいかに残すかだけかを考えているようにしか見えない。

2021年12月現在、18歳以下の子供への給付金の半分をクーポンで配るか否かで国会は大変混乱している。

しかし、昨年の全国民への特別定額給付金において政府は5月末までの支給を目標としていたにもかかわらず、結局夏頃までかかってしまったことを忘れてはいけない。

「10万円給付」支給済み世帯はわずか2.7% 関東の主要34市区を本紙が集計:東京新聞 2020/6/7

電子政府先進国では、国民の口座に対し国からの給付金が開始から2〜3日で勝手に振り込まれていたというような話も聞く。

日本人はもっと政治に厳しい眼を向けるべきではないか。

JEEADis勉強会資料から許可を得て抜粋

上図は、エストニアの公的データベースの中でも最も重要と言っていい「住民登録データベース」のガバナンスを解説したものである。

エストニアでは子供が生まれた産院の住民登録ポータルからの申請で住民登録が完結する。誕生後わずか10分で個人識別番号が割り振られるとの話もある。

一方、日本は出生届により子供は親の戸籍に入り日本国籍を得るのであるが、何らかの理由で親が出生届を出さない場合、その子は「無戸籍者」となる。これは本当に深刻な問題だ。

「わたしはここにいる」無戸籍の人々を支援【報道特集】

番組によると全国に1万人以上の「無戸籍者」がいるらしいと推定されている。

また、昨年の特別定額給付金の支給も基本的に世帯単位だったので、例えばDV家庭などでは様々なトラブルがあったと聞く。

行政と国民をつなげるにはやはり個人単位でなければならないのだ。

我が国の何が問題なのか

いろいろと書き連ねてきたが、日本の電子政府を阻む様々な要因はまた別の機会を設けて考えてみたいと思う。

以下は、ざっと思いつくまま並べてみたタイトルであるが、ブログで取り上げてみたいテーマである。

  • 公務員改革と業務改革(BPR)
  • マイナンバーと戸籍制度
  • クローズド・アーキテクチャとベンダー・ロックイン
  • 住民基本台帳はベースレジストリとなり得るか

しかし、日本の電子政府に求められていることは、以下の図に集約されているのではないかと思う。

「国民が政府を監視」

マイナンバーカードの普及率(強調しておきたいがこれは国連電子政府ランキングを上げる要因にはならないと思う)が4割にとどまっている理由として「政府が国民を監視」するためのツールとして感じている人が多いということは否定できない事実であろう。

エストニアの優れている点をいろいろ挙げてきたのだが、だからと言ってエストニア人は政府を信頼しているわけではない。

政権は時に交代し今までとは全く異なる主義主張をする政府になり得る。しかし、下図に掲げる「公平性」を担保するために、「追跡可能性」による「責任追求性」があり「透明性」を実現する仕組みがある。

この仕組みがあるので、エストニア国民は個人情報の管理を国家に委ねるのである。

JEEADis勉強会資料から許可を得て抜粋

私がエストニアを知ったきっかけとJEEADis(ジェアディス)

そもそも、私がエストニアの電子政府に関心を持ったのは、2019年3月にTBSラジオの「荻上チキSession-22」で「ハンコも書類もない!最先端電子政府を実現したエストニアの驚くべき実態とは?」という放送を聴いたのがきっかけだった。

その内容に大変な衝撃をうけ、ゲスト話者の小島健志氏が書いた

ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来 Kindle版

という本を早速買ってむさぼるように読んだ。

次に、読んだ本が

未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界 (NextPublishing) Kindle版

であり、さらにエストニア電子政府のことを知ることとなった。

そして、この本の著者である前田 陽二氏が代表理事をしておられる、

日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会(略称JEEADiS:Japan & Estonia/EU Association for Digital Society)  という社団法人の存在を知ることとなった。

すぐに個人賛助会員に申し込み、現在に至るわけである。

JEEADiSでは定期的に勉強会(現在はオンライン)があり、主に理事である電子政府コンサルタントである牟田 学氏が講師として非常に有益な学びの機会を提供している。

勉強会の内容は Youtube でも公開されているので、興味のある方は是非視聴していただければと考える。

偉そうに語る割には、私はエストニアには一度も行ったことはないのであるが(ちょうど30年前にノルウェーに1週間くらい行った経験はある)、エストニアのeレジデンシーを取得して、いつかはエストニアに行ってみたいと思う今日この頃である。